ヒット曲けんきゅうしつ

なぜヒットする?は証明できないと思います。誤字はちょっとずつ修正します。

流行歌手・青江三奈さん(昭和41年~昭和45年)

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活躍時期、主なヒット曲

 青江三奈(あおえみな)さんは、昭和41年~昭和45年(1966年~1970年)ごろに活躍された流行歌手です。レコード会社はビクターです。

 

【青江三奈さんの主なヒット曲】

流行した年 曲名 作詞 作曲 編曲 メモ
1966 恍惚のブルース 川内康範 浜口庫之助 寺岡真三 デビュー曲
1968 伊勢佐木町ブルース 川内康範 鈴木庸一 竹村次郎  
1968,69 長崎ブルース 吉川静夫 渡久地政信 寺岡真三  
1969 新宿サタデー・ナイト 佐伯孝夫 鈴木庸一 竹村次郎  
1969 池袋の夜 吉川静夫 渡久地政信 寺岡真三  
1970 国際線待合室(インターナショナル・ロビー) 千坊さかえ 花礼二 近藤進  

 

 1966年に、デビュー曲の「恍惚のブルース」がヒットし、その年の紅白歌合戦に初出場する幸運に恵まれましたが、その後ヒット曲に恵まれない期間があります。

 もし、このままで終わっていると、世間で言われる一発屋(ワンヒット・ワンダー)だったのかも知れません。

 

 1968年に「伊勢佐木町ブルース」がヒットしてから、発表する作品に支持が集まっているため、実際の活躍期間・全盛期は1968年から1970年になりそうです。

 

 

 1968年からは、オリコンの記録が残っている時代です。売上枚数では「池袋の夜」が最も多いですが、当時をご存知の方々にとっては、「伊勢佐木町ブルース」の方が青江三奈さんの代表曲として記憶に残っているのではないか?と思います。

 

 

 


41516 伊勢佐木町ブルース/青江三奈 (字幕/歌詞付き)

注)YouTube に使用を許可しているライセンス所持者 Victor Entertainment, Inc.の動画

 

 

 

活躍された時期の流行、人気歌手(昭和43年~昭和45年)

 青江三奈さんの全盛期は、グループサウンズ人気の収束とともにフォークソングが頭角を現しています。

 

 当時の音楽業界が若者をターゲットにした作品の製作に力を注ぎ始めたのか、経済成長で若者でもレコードが買えるくらいの貨幣価値になったのか分かりません。

 

 流行歌のポップス化が顕著な時期に、なぜか歌謡曲の流行歌手として人気を獲得している印象を受けます。

 1969年に登場した歌手、姿を消した歌手が目立ちますが、1968年に人気を得た事は興味深いです。

 

 この3年間に活躍されている方には、森進一(もりしんいち)さんや鶴岡雅義(つるおかまさよし)と東京ロマンチカさんがおられます。

※同じくビクター所属の森進一さんとの愛称で”ためいき路線”と呼ばれたと見聞きします。しかし、レコード会社が売り出すための宣伝文句でデビュー当時から呼ばれていたのか、お二人が人気となってから自然と付けられたあだ名なのかは分かりません。

 

 他には、黛ジュン(まゆずみじゅん)さん、グループサウンズのザ・タイガースさん、洋楽ではビートルズさんがおられます。

 

 

 

作品の特徴、路線や推測されるファン層

 夜の都会の繁華街を舞台にした作品、「〇〇ブルース」というタイトルが多い印象があります。

 また、ハスキーな声質で大人っぽさを感じさせる雰囲気が印象的なため、大人向けの路線で支持を得たと解釈できそうですが、若い世代からも支持されているように感じます。

 

 1.デビュー曲が浜口庫之助さんの作曲

 若い世代に支持されたであろう「バラが咲いた」「星のフラメンコ」がヒットし、浜口庫之助さんが売れっ子になっていた時期に、ビクターさんは歌謡曲の新人歌手の作曲を依頼しています。

 なぜ自社専属の作曲家に頼まずに、フリーのソングライターにあえて“作曲のみ”という条件で、歌謡曲の作曲を依頼したのか。かなり疑問があり、興味深いです。

 

 2.「池袋の夜」がミリオンセラーを記録

 ミリオンセラーは、幅広い層に支持されなければ達成がし難い枚数です。歌謡曲を支持する年齢層だけでは達成しがたいため、若い世代からも支持されていたのではないか?と感じます。

 

 3.世の中の流行を意識した楽曲

 「新宿サタデー・ナイト」は、今でも斬新さを感じるタイトルですが、同年には黛ジュンさんも「土曜の夜何かが起きる」を発売されています。

 記録が残っていないので何とも言えませんが、もしかすると“土曜日の夜”のことを“サタデーナイト”と表現する事が、当時若者のあいだで流行っていたのかも知れません。

 

 

 「国際線待合室(インターナショナル・ロビー)」では、3番に“大阪空港”と固有の地名が登場します。

 ただ、伊丹空港ではなく大阪空港と表現し、歌詞中にも土地柄を表す描写が全く無いため、取ってつけたような印象を受けます。

 こちらも確証はありませんが、おそらく製作者は、大阪万博が開催される頃に流行するであろう、と考えて大阪を用いたと思われます。

 

 

 

楽曲について(歌詞、音階、調性等)

流行した年 曲名 調性 音階
1966 恍惚のブルース F#メジャー(嬰ヘ長調) ヨナ抜き長音階
1968 伊勢佐木町ブルース F#メジャー(嬰ヘ短調) 旋律的短音階っぽい
1968,69 長崎ブルース F#メジャー(嬰ヘ短調) ヨナ抜き短音階
1969 新宿サタデー・ナイト Fメジャー(ヘ長調) ヨナ抜き長音階
1969 池袋の夜 Fマイナー(ヘ短調) ヨナ抜き短音階
1970 国際線待合室(インターナショナル・ロビー) F#メジャー(嬰へ長調) ヨナ抜き長音階

 

 ヨナ抜き音階が多いので、歌謡曲歌手と分類されてしまいますが、初期の作品にはジャズを取り入れた雰囲気を感じます。

 演歌ではなく、若者向けの歌謡曲を表現された流行歌手であると感じます。

 

 レコードジャケットは背景が黒や青が多いです。黒は夜、青は雨を連想する色ですが、歌詞にも登場しますので、イメージカラーとして一致しているように感じます。

 

 歌詞では、恋に悩む女性の心理が描かれています。“どうすればいいの?”や、やけになって“どうせ”と訴える心境が印象的です。

 

 

 1970年に藤圭子さんが登場した事で、同じ層のファンが心変わりしてしまったのかもしれません。

 

 

 

あとがき

 長くなってしまいました(>_<)。

 

 最近は、流行する歌は少なくなりましたが、人気を集める流行歌手は昔と変わらず存在します。

 

 ヒットした曲のみですが、素人ながらあれこれ考えた事を記すシリーズにでもしようと思います。少し時間がかかりますが…(^_^;A。

 

 

 

参考文献

 <レコードジャケット>

 「恍惚のブルース」

 「伊勢佐木町ブルース」

 「長崎ブルース」

 「新宿サタデー・ナイト」

 「池袋の夜」

 「国際線待合室」

 <書籍等>

 『全音歌謡曲大全集3』全音楽譜出版社

 『全音歌謡曲大全集4』全音楽譜出版社

 『ミュージックマンスリー』月刊ミュジック社

 『レコードマンスリー』日本レコード振興

 『歌謡曲の構造』小泉文夫

 「バンドプロデューサー」PCソフト

 「you大樹」オリコン