流行時期(いつ流行った?)
赤い鳥さんの「竹田の子守唄」は、昭和46年(1971年)にヒットしました。
『レコードマンスリー』の月間ランキングによると、2月に発売されたレコードは、3月から5月にかけてヒットしています。
<『レコードマンスリー』月間ランキング推移>
年月 | 順位 |
昭和46年02月 | レコード発売 |
昭和46年03月 | 17位 |
昭和46年04月 | 12位 |
昭和46年05月 | 16位 |
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ネガティブな感情も歌われる"民謡の子守唄"
子守唄は【子供を寝かしつける事が目的の歌】と思います。
字面から「こんにちは赤ちゃん」(1963年)のように【親の愛情が表現された歌】と解釈しがちですが、歴史的にそうでは無いようです。
レコードのない時代に歌い継がれて民謡となった子守唄には【実親の代わりに子供の世話を強いられた人物が、早くおとなしく眠ってほしいと願う歌】が存在します。
親代わりは"子守奉公"。この仕事が存在した時代の日本で民謡の子守唄が誕生したようです。
①「寝た子の可愛さ 起きて泣く子の 面憎さ(つらにくさ)」と歌う岡山県民謡の「中国地方の子守唄(ねんね守の唄)」
②「おどま嫌々 泣く子の守にゃ 泣くと言われて 憎まるる」の熊本県民謡「五木の子守唄」が有名です。
他には「鳴くな鶏(にわとり) 夜明けの烏(からす) 鳴けば子守が きつござる」と歌う「博多子守唄」、「はよ寝ろ泣かんで おろろんばい」の「島原の子守唄」もあります。(『日本民謡選集』ドレミ楽譜出版社参照)
「この子よう泣く 守りをばいじる 守りも一日 やせるやら」と嘆く「竹田の子守唄」もこちらに該当します。
子守奉公の「とにかく、赤ちゃんはすやすや眠っていてほしい!」と願う本音が歌われています。
関西より西側、西日本の民謡で多く歌い継がれている印象です。この地域限定の仕事だった?のかも知れません。
"子守奉公"の辛い想い
子守奉公は"縁もゆかりもない勤め先で知らない赤ちゃんのお世話をする仕事"と思われます。
「竹田の子守唄」を聴いていると、奉公人が赤ちゃんに対して「親に愛されずにかわいそうに」という人情も感じる事ができます。
そして「でも仕事であやしているだけから、あまり泣かずに私に面倒かけないで」と願う複雑な心理も描かれています。
【赤ちゃんが泣く=子守が下手⇒旦那さんや御寮さん(上司)に叱られる】という構図。
現代でも容易に理解できる境遇ですね・・・。
民謡の子守唄はこのような境遇におかれた主人公の心理を、短い言葉で深く掘り下げていると感じます。
若者の街・京都
京都と言えば【歴史ある観光都市】というイメージを抱きますが、私は【最新の日本文化を発信できる都市】というイメージも持っています。
1960年代末にブームを起こした関西フォーク、「竹田の子守唄」もこの延長で発掘された作品と感じます。そして2000年代のアニメーション技術。
今後の京都も、新たな若者文化が発信される都市と感じています。
このエネルギー源は、京都が【学生を大切にする都市】だからと解釈しています。
いつの時代も若者は自分を縛る価値観が嫌い。
これからの時代も、若者が「これは本物だ!」と感じたものがあれば、京都は先駆けて取り組み世界中を驚かせると感じています。
曲情報
発売元:東芝音楽工業株式会社
品番:LP-1220
A面
「竹田の子守唄」
英題:TAKEDA-NO-KOMORIUTA
作詩・作曲:不明
編曲:赤い鳥
演奏時間:3分5秒
B面
「翼をください」
合歓ポピュラー・フェスティバル入賞曲
最優秀新人賞・川上賞・作詩賞受賞曲
英題:TSUBASA-O-KUDASAI
作詩:山上路夫
作曲・編曲:村井邦彦
演奏時間:2分38秒
参考資料
「竹田の子守唄」レコードジャケット
『オリコンチャート・ブック アーティスト編全シングル作品』オリコン
『レコード・マンスリー』日本レコード振興株式会社
『日本民謡選集』ドレミ楽譜出版社