流行時期(いつ流行った?)
橋幸夫さんの「京都・神戸・銀座」は、昭和44年(1969年)にヒットしました。
オリコンランキングでは5月中旬にベストテン入りをしており、『レコード・マンスリー』の月間ランキングでも5月が最も順位が高いです。
<『レコード・マンスリー』ランキング推移>
年月 | 順位 |
昭和44年03月 | 9位 |
昭和44年04月 | 7位 |
昭和44年05月 | 6位 |
昭和44年06月 | 13位 |
昭和44年07月 | 20位 |
橋幸夫さんにとって、久しぶりのヒット曲です。
注)YouTube に使用を許可しているライセンス所持者 JVCKENWOOD Victor Entertainment Corp.; Muserk Rights Management
グループサウンズを支えた若手が製作
「京都・神戸・銀座」は、作詩:橋本淳さん、作曲:筒美京平さんです。
1967年にブームとなったグループサウンズで注目を集めた新進気鋭のお二人が手掛けられた歌謡曲です。
ビートルズさんの来日公演がきっかけで始まったブームですが、1969年は収束し始めています。
この時期のグループサウンズには、価値観に変化が見られます。歌謡曲調の作品を発表するグループが登場し始めています。
おそらく「海外アーティストの模倣で終わってはいけない」、「日本らしさを備えた独自の音楽を製作しなければいけない」という考えに至った方々が登場し始めたのだと思います。
「京都・神戸・銀座」を製作された橋本淳さんと筒美京平さんはその志を持っていたと推測されます。
この年の2月頃、お二人が製作した「ブルーライト・ヨコハマ」が大ヒットし、業界の注目を集めていたようです。橋幸夫さんの新曲製作の依頼が来ています。
#筒美京平さんのスゴイところ③
橋幸夫さんは、デビュー曲「潮来笠」(1960、1961)がヒットしてから、グループサウンズがブームになる1967年まで、第一線で活躍し続けてきた方です。
実績のある歌手ですが、1968年以降は多くの人々の耳に届くヒット曲が生まれていません。
そういった歌手に、再び脚光を集めるヒット曲を生み出した事は、本当にスゴイ事だと感じます。
…ここからは、いつもの想像になってしまいますが、
おそらくビクター社内では、「今流行ってるコロムビアの『ブルーライト・ヨコハマ』って、グループサウンズ出身の若手が作ったらしいよ!フリーの作詞家・作曲家のコンビだし、橋さんの新曲も依頼してみようよ!」と、盛り上がっていたのかも知れません。
1つの楽曲を製作する期間がどれくらいなのか?は分かりませんが、おそらく"短納期"で橋さんの新曲を依頼されたと思います。
短納期と推測する理由は、"「京都・神戸・銀座」は、誰が歌ってもヒットするだろう。"と感じる作品だからです。
「京都・神戸・銀座」を初めて聴いた時、歌い手の名前を聞き逃しておれば、橋さんの作品だと気付ける自信はありません。
うまく説明できませんが、橋さんの個性がかき消されているように感じます…(^^;A。
「京都・神戸・銀座」は、オリコンのデータを見るだけでは味気ない記録かも知れませんが、橋さんにとって久しぶりのヒットとなります。
ですが、作曲家デビューされた初期の頃から、筒美京平さんは「必ずヒットさせよう!」という信念で曲作りをされていたのだろう、と感じる事ができる記録と思います。
曲情報
発売元:ビクターレコード
品番:SV-812
A面
「京都・神戸・銀座」
作詩:橋本淳
作編曲:筒美京平
演奏時間:3分35秒
ビクター・オーケストラ
B面
「北国の連絡船」
作詩:橋本淳
作曲:筒美京平
編曲:近藤進
演奏時間:3分27秒
ビクター・オーケストラ
参考資料
「京都・神戸・銀座」レコードジャケット
「you大樹」オリコン
『レコード・マンスリー』日本レコード振興株式会社
『オリコンチャート・ブック アーティスト編全シングル作品』オリコン