ヒット曲けんきゅうしつ

ハートが熱いと感じる曲が多いのは1960年代と1980年代、そして2020年代

「奥飛騨慕情」竜鉄也(昭和56年)

流行時期(いつ流行った?)

 竜鉄也さんの「奥飛騨慕情」は、昭和56年(1981年)にヒットしました。

 


 『レコードマンスリー』のランキングでは、1980年6月下旬に発売されたレコードは8か月後の1981年2月に最高順位を記録しています。

 

 ランキング推移は長期間に渡って上位をキープし続けており、根強い支持を得続けていた作品だった事が分かります。

 


<『レコード・マンスリー』月間ランキング推移>

年月 順位
昭和55年12月 12位
昭和56年01月 8位
昭和56年02月 6位
昭和56年03月 7位
昭和56年04月 11位
昭和56年05月 10位
昭和56年06月 9位
昭和56年07月 21位
昭和56年08月 25位
昭和57年01月 21位

 

 


www.youtube.com

注)VAP OFFICIAL MUSIC CHANNELの動画

 

 

 1970年後半からカラオケが人気となった事で演歌の大ヒット曲が目立ちます。

 

 「奥飛騨慕情」が多くの支持を集めたのも、"夫婦愛を主題にした演歌"がたくさんヒットした1980年の反動もあったのかも知れません。

 

 

風景の中の主人公

 「奥飛騨慕情」を聴くと、【心情に共感する気持ち】と【風景を想像する気持ち】も生まれます。

 

 主題が"特色のあるの風景のなかにいる主人公の心情"と捉えることが出来ます。

 

 この視点で描かれた作品は、演歌ではなくポップスでも存在します。

 

 「奥飛騨慕情」がヒットした前後の時期で思い付くのは、異国情緒の「異邦人」(1979年、1980年)や喫茶店の「ハロー・グッバイ」(1981年)など。

 

 ポップスに比べると圧倒的に歌詞が短い五七調の演歌で、風景と心情を見事に描いた上品さも感じます。

 

 

「奥飛騨ってどんな街だろう?」と想像させる歌詞

 「奥飛騨慕情」の歌詞で気になるのは、奥飛騨を連想させる固有名詞が少ない事です。

 

 白百合は長野県が産地?・・・もしかして雷鳥だけ?

 

 「"温泉と雪"だけでは、聴き手が他の温泉街を連想するかも知れないから、あえてタイトルや歌詞の最後に奥飛騨と明言した」という印象を受けます。

 

 他のご当地ソングと比べて、地元を前面に推さない作詞と感じます。

 

 「別れても好きな人」(1980年)のように東京の主要な街の名をちりばめるような派手さと対照的で控えめな印象です。

 

 とても奥ゆかしさを感じます。

 

 

 そして、過去のヒット曲で奥飛騨を描いた作品は無く、この曲のヒットは聴き手に「奥飛騨ってどんなところだろう?」と想像するきっかけにもなったのではないか?と思います。

 

 「柳ヶ瀬ブルース」(1966年)の人気の集め方に似ているかも知れません。

 

 

伴奏も控えめ?

 イントロを聴いただけで曲名が分かる個性を持つ「奥飛騨慕情」ですが、全編を通して控えめな印象を受けます。

 

 主役は竜鉄也さんの歌声で、伴奏が脇役に徹するように編曲されている作品と感じます。

 

 私はこの編曲のおかげで、演歌の定義が大衆化する前の戦前の昭和歌謡を連想してしまいます。

 

 藤山一郎さんの「酒は涙か溜息か」(1931年発売)に通じる編曲と感じます。

 

 1980年代になると、大抵のヒット曲は"特定のフレーズが印象に残る作品"が多くなりますが、「奥飛騨慕情」にはその要素が無く、"逆に何度聴いても飽きない"という魅力を持っています。

 

 1980年代に、"あえて控えめに表現した作品"がヒットした事に驚きです。

 

 世の中に、まだこのような作品を支持する価値観が残っていた?と想像しています。

 

 もう2023年。おそらくこれからの時代では見向きされる可能性がかなり低い音楽表現になってしまうのだろうと薄々感じています・・・。

 


曲情報

 発売元:トリオ式会社

 品番:3B-177

 


 A面

  「奥飛騨慕情」

  作詞:竜鉄也

  作曲:竜鉄也

  編曲:京建輔

  演奏時間:4分31秒

 

 

 

 B面

  「せせらぎの宿」

  作詞:かぜ耕士

  作曲:沖田宗丸

  編曲:京建輔

  演奏時間:4分24秒

 

 

 

参考資料

 「奥飛騨慕情」レコードジャケット

 『オリコンチャート・ブック アーティスト編全シングル作品』オリコン

 『レコード・マンスリー』日本レコード振興株式会社