春夏秋冬で構成された流行歌
「春はうれしや(新四季)」は、明治28年(1895年)から流行しました。
「春は~、夏は~」と、『枕草子』のように四季を順番に描写する歌詞から、「新四季」や歌いだしの「春はうれしや」というタイトルで親しまれたようです。
注)﨑秀五郎の動画
♪春はうれしや 二人ころんで 花見の酒
♪庭の櫻に おぼろ月
♪それを邪魔する 雨風が
♪チョイト 咲して 又ちらす
♪夏はうれしや 二人揃いの 鳴海の浴衣
♪うちは片手に 橋の上
♪雲が悋気で 月かくす
♪チョイト 蛍が 身をこがす
♪秋はうれしや 二人ころんで 月見の窓
♪色々話を 菊の花
♪しかと分らぬ 主の胸
♪チョイト 私の 気は紅葉
♪冬はうれしや 二人ころんで 雪見の酒
♪苦労知らずの 銀世界
♪話が積もれば 雪も積む
♪チョイト 解けます 床の中
「新四季」の前に存在した「京の四季」
「春はうれしや」は流行していた頃、「新四季(流行新四季)」と名付けられています。
【新】と区別した理由は、すでに「京の四季」という端唄が存在していたからです。
「四季」と言えば「京の四季」の時代だったようですが、この端唄の流行時期は不明です。
明治時代にはすでに定番ソングとなっている印象なので、江戸時代に幅広く流行していた事になりそうです。
注)Release - Topicの動画
♪春は花 いざみにごんせ 東山
♪色香あらそう 夜桜や
♪うかれうかれて 粋も無粋も 物がたい
♪二本差しでも 柔らこう
♪祇園豆腐の 二軒茶屋
♪禊ぞ夏はうち連れて
♪河原に集う夕涼み
♪よいよい よいよい よいやさ
♪真葛ヶ原に そよそよと
♪秋の色ます 花頂山
♪時雨を厭う 唐笠の 濡れて紅葉の 長楽寺
♪おもいぞ 積もる 丸山に 今朝もきて見る 雪見酒
♪えー そして 櫓の差し向かい
♪よいよい よいよい よいやさ
四季を歌っていますが、1番で春、2番で夏・・・という明確な区切りがありません。
聴いているうちに四季を巡る事になる「京の四季」の歌詞に、明治の流行歌では感じられない江戸文化の粋を感じます。
大規模な博覧会が開催された1895年
「春はうれしや」の歌詞には京都の地名が登場しません。
「京の四季」のようなご当地ソングではないにも関わらず「春はうれしや」が京都と結び付いた理由は、京都で開催された第4回内国勧業博覧会です。
藤沢衛彦さんの『流行唄変遷史』(1914年)には、
二十八年に於ける京都大博覧会の影響を受けて、四季の唄が流行した。
添田唖蝉坊さんの『流行歌明治大正史』(1933年)には、
二十八年の六七月より、京都の花柳界に流行した「四季の歌」が、その勢力を漸次擴げて行った。
と記述されています。
(当時の日本を生きていた流行歌の専門家の方々の証言に勝るものは無いと思いますので、流行時期を確定しています。)
第4回内国勧業博覧会の開催期間は4月1日から7月31日の4か月だったようです。
「春はうれしや」が流行り始めたのは開催後半になります。
もしかしたら明治時代でも「開催期間の長いイベントである博覧会は、後半になると混雑する」がセオリーだったのかも知れません。
平安神宮は明治の大屋根リング?
内国勧業博覧会は第3回までは東京・上野で行われていました。
第4回は京都市が平安遷都紀念祭の一環で積極的に誘致活動をされたようです。
鳴くよウグイス平安京の794年から満1100年を経た1895年に開催された平安遷都紀念祭。
この平安遷都紀念祭で平安神宮が建設されています。今でいうパビリオンの役割も兼ねていたと推測されます。
万博の創成期と言えばパリ万博、フランスと言えばエッフェル塔ですが1889年(明治22年)の第4回パリ万博で建設されました。
令和では建築物(ハード)でのレガシーは難しそうですが、「春はうれしや」のような形で、ソフト面で公式キャラクターのミャクミャクがレガシーになりそうな気がします。
私もミャクミャクに対して当初は受け入れがたい心理を持っていましたが、知らぬ間に好意的に感じる予想外な心理の変化を受けました。
明治時代に「春はうれしや」が流行した理由も、同様に当時の人々の期待を裏切る心理が働いたからではないか?と想像します。
千年の歴史を持つ京都、「京の四季」という定番ソングも存在するのに、【伝統的な江戸時代の歌を継承するのではなく、子供でも気軽に歌えそうな「春はうれしや」という今様の俗謡が誕生した事】は誰も想像していなかったと思います。
「京都は歴史的にしきたりや品格に厳格なイメージがあると思っていたけど、『春はうれしや』みたいな俗曲が流行ってるんだ!」と、当時は日本各地に意外性を与えていたと思います。
794年の1100年後は1894年
平安遷都紀念祭は1895年に開催されました。
794年から1101年後ですが、1100年を全うして計上するのが行政の考え方のようです。
2025年も暦では昭和100年ですが、翌2026年に昭和100年のイベントが企画されているみたいです。「昭和100年」関連施策とは | 「昭和100年」ポータルサイト)
参考文献
『流行唄変遷史』藤沢衛彦(1914年)
『流行歌明治大正史』添田唖蝉坊(1933年)
「第4回内国勧業博覧会 | 第1部 1900年までに開催された博覧会 | 博覧会―近代技術の展示場」Webサイト
『平安遷都紀念祭第四回勧業大博覧会聯合計画予定大略 増補2版 - 国立国会図書館デジタルコレクション』
『近世俚謡歌曲集』東京上野音楽会 編 盛林堂(1915年)