ヒット曲けんきゅうしつ

なぜヒットする?は証明できないと思います。2025年は昭和100年。

人々の関心を集めた謎のサビ?「きんらい節(欽来節)」(明治25年頃)

様々な説を残した"長すぎる歌の文句"

 「きんらい節(欽来節)」は明治25年頃に流行しました。

 

 歌を聴いた明治時代の人たちに「何だコレは?」と興味を抱かせ、後世に「諸説あります」となった作品です。

 

 多くの人たちの好奇心は【長すぎる謎めいたフレーズ】から芽生えたと思います。

 

 

♪浦里が偲び泣すりゃ 緑も供に

♪貰い泣をする 明烏

♪キビス、ガンガン、イカイ、ドンス

♪キンギョクレンスノスクレンボウ、

♪スチャマンマンカンマンカイノウヲビラボウノキンライライ

♪あほらしいじゃおまへんか

♪かみさんきてくやおまへんか

♪毎ばんきてにかおまへんか

♪おおきーにはばかりさん

 

注1)流行歌選 : 新版絵入 第1号 - 国立国会図書館デジタルコレクション(下図)より

注2)くずし字を正しく読み取れていない箇所があります

 

 

 

 歌詞に登場する【浦里】は新内節「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」に登場する吉原の花魁、【緑】は花魁の禿(子供の付き人)です。(2025年の大河ドラマ「べらぼう」のおかげで吉原の日常が描かれていて映像化が助かります。)

 

 罰を受ける浦里を助けに来た時次郎に「私だけでなく緑も一緒に連れて行ってください!」と願う場面を描いているようです。

 

 

 


www.youtube.com

注)うめ吉 - トピックの動画

 

 

 謎フレーズのインパクトのおかげで影が薄いですが、関西弁の「♪あほらしいじゃおまへんか」で歌詞が終わりますので「きんらい節」は上方で誕生した歌と思います。

 

 ただ上記画像の書籍だけ、京都弁の「♪おおきにはばかりさん」が存在する事が気になります。

 

 花魁の浦里が登場する「明烏夢泡雪」は、明治23年の9月19日、10月1日に京都の北座で歌舞伎上演されている記録があります。(日本芸能・演劇 総合上演年表データベース - 検索結果1

 

 手がかりが少なすぎますが、「きんらい節」が誕生したのは大阪ではなく「明治23年の祇園では?」と妄想してしまいます。

 

 

この歌「〇〇節」にすれば良い?

 レコードが存在しない時代の流行歌(俗曲)は、今でいうサビのような終盤に登場する覚えやすい文句が曲名になりがちです。

 

 ♪トコトンヤレトンヤレナ=「トンヤレ節」

 ♪ヨサコイヨサコイ=「よさこい節」

 ♪コチャエコチャエ=「こちゃえ節」

 という感じで歌の愛称が付きます。

 

 「きんらい節」を活字にする方々が、「この歌は〇〇節にすれば良いんだろう・・・」と判断に悩んだ様子が当時の書籍から読み取れます。

 

<「きんらい節」の表記(明治24年11月~明治27年)>

曲名表記 書籍名 出版年
大阪流行甚句(本調子) 花たら誌 (46) 1891-11
スッチャンマンマン節 明治新作万芸全書 明24.11
近来らいぶし 流行歌選 : 新版絵入 第1号 明25序
増補(曲名無し) 粋客必携粋の友 明25.1
きんらいらい節 当世流行新歌大全 明25.3
おつぺらぼうぶし めさまし : 笑遊万芸 明25.6
きびすかんかん 日本歌曲集 : 西洋楽譜 一名・日本俗曲集続編 明25.10
おつぺらぼうぶし 吹寄文句 : 笑遊万芸 明25.11
雑(曲名無し) 通人必携粋のはきよせ 明26.7
きんらいらい節 遊芸三千題 明26.2
きびすかんかん 手風琴独案内 [第1集] 明26,27
金来々節 粋の咲わけ : 四季の花園 明27.6
金来々ぶし チャンチャン退治新うた大全 明27.11
近来節 西洋樂譜日本歌曲集 : 一名日本俗曲集續編 訂正大増補第2版 1894

 

 

 従来の考え方と同様に、文句の一部を切り取った曲名で表記されていますが、

  「きびすかんかん」・・・・・・・・・・2票

  「スッチャンマンマン節」・・・・1票

  「おっぺらぼうぶし」・・・・・・・・2票

  「きんらいらい節」・・・・・・・・・・5票

  「近来節」・・・・・・・・・・・・・・・・・・1票

 の5パターンに分かれています。

 

 「大阪流行甚句」や増補、雑と、曲名表記を棄権・・・3票で6パターンですね。

 

 「きんらい」を「近来」や「金来」の当て字にした理由はまったく分かりません。

 

 

何を「あほらしい」と歌ったか?

 私は「きんらい節」のフレーズに意味は込められていないと捉えています。

 

 意味の分からないフレーズをさんざん歌った後に「あほらしいじゃおまへんか」と漫才のようにオチが付くため、聴く側のモヤモヤの心理が解消されている気がします。

 

 しかし「フレーズに意味が隠されているのでは?!」と推理する書籍があります。

 

諸説1
近頃流行るキビスガンガンの謡はみなさんが陳奮漢(ちんぷんかん)でむちゃくちゃ俗謡と思いの外大に風刺ある由にて版元の主人がさる先生に聞て唄の解釈してくださいと願うてここにしるすなり(「流行歌選 : 新版絵入 第1号 - 国立国会図書館デジタルコレクション」)

 

 と前置きし、「キビスガンガン」は「驥尾子奸々」で、「驥尾に付いて名を出す奸佞の人物跋扈して」と漢語ではないか?のアプローチで解読を試みています。

 

 「キビスカンカン」に「優れた人にへつらって出世する者がのさばって」の意味を与えるのはさすがに無理やりすぎます・・・。

 

 

諸説2

 『濃飛日報  明治25年4月17日』(新聞集成明治編年史 第八卷 - 国立国会図書館デジタルコレクション)には、ペンネーム天眼通人の投書で「これは選挙干渉を諷したる歌なり。キビスは厳なり、カンカンとは干々にて干渉の干なり、即ち厳しい干渉という事なり。(以下略)」という記事が掲載されています。

 

 「きんらい節」が流行っていた明治25年2月15日、第2回衆議院議員総選挙が行われましたがクリーンではない選挙干渉が発生した選挙でした。

 

 選挙直前に与党が「野党の選挙活動を治安妨害として警察が制限できる法律(予戒令)を制定していた事」が問題になりました。(明治宰相列伝 : 松方正義 | 国立公文書館

 

 この説も後付けのこじつけを感じます。

 

 選挙前の明治24年11月に「きんらい節」の歌詞を掲載する書籍が存在しますので。

 

 「きびすかんかんには意味がある」と考えた説は、都合よく解釈しようとするノストラダムスの予言っぽさを感じます・・・。

 

 

 しかし仮説を考えた方々のように、多くの人たちに「今流行ってるこのフレーズの意味は?」と、思わずググりたくなる気持ちにさせる文句だったと思います。

 

 時事ネタの選挙干渉に対して「この歌の通り、政党政治はあほらしい」と政治腐敗を批判する心理を重ねて、「きんらい節」を許容する流れもあったかも知れません。

 

 (この年の選挙干渉には「宮さん宮さん」(明治元年)を作詞した品川弥二郎さんが関わっており、責任を取って内務大臣を辞任しています。)

 

 

諸説3

 別のエピソードで「三笑亭芝楽さんが寄席で「きんらい節」を披露したことから人気が集まった」と紹介する書籍やブログがあります。


 しかし三笑亭芝楽さんの「きんらい節」が、ヘラヘラ萬橘ステテコ圓遊圓太郎ラッパ釜堀り談志のテケレッツノパのように一世を風靡した演芸だったと明記する資料は見当たりません。

 

 三笑亭芝楽さんについて調べましたが面白い方です。

 

 音曲やものまねが得意で、ルックスも良い京都の落語家、上京して上方落語の普及もされた方です。

 

 ただ幾度も名前を変えており、三笑亭芝楽→桂文光→三笑亭芝楽→三笑亭可楽→三笑亭芝楽と変遷しています。

 

 活動拠点も京都→東京→京都とアクティブな方です。名前も気にせず自らの力で活動されていた噺家と感じます(名人名演落語全集 第4巻 (明治篇 4) - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

 アクティブすぎて、どの時代の芝楽さんの頃に「きんらい節」を寄席で披露されていたか?は分かりません・・・。

 

 

私が考える説

 ・・・いつもの推量で申し訳ありませんが、明治25年に「おっぺらぼうぶし」と表記する書籍が存在する事から、おそらく「オッペケペー節」が先に流行していたのだと思います。

 

 加えて藤沢さんの書籍でしか見られない「♪欽来欽来」で終わる「演歌欽来節」が「きんらい節」の「♪おっぺらぼうのきんらいらい」の元ネタっぽさを感じます。

 

 「オッペケペー節」+「演歌欽来節」の文句で、「♪おっぺけぺーのきんらいきんらい」みたいな感じです。

 

 

 「きんらい節」は【長々と訳の分からない事を歌って最終的に「あほらし」と自虐的に終わらせる作品】です。

 

 もしかすると当時、「国民の意識を高めるため」と活動していた読売壮士を皮肉する意味が込められていたのではないか?と妄想しています。

 

 読売壮士の発信で流行歌となった作品には「♪コクリミンプクゾウシンシテミンリョクキュウヨウセ」の「ダイナマイト節」があります。

 

 発案者は板垣退助さんです。

 

当時、板垣退助が「自由の思想は寧ろ社会の下層に鼓吹すべきものであるから、むづかしい演説や議論より、通俗な小唄や講談の方が、却ってきき目があるかもしれない。」と言ったことがあった。(流行歌明治大正史 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

 しかし「我々の娯楽を政治活動の手段に使うんじゃないよ!」の価値観は存在していたと思います。

 

 私も「ダイナマイト節」や「オッペケペー節」の流行が、どれくらい国民の意識を高めたのかは分かりません。

 

 街角で思想を演説する読売壮士の姿を「うさんくさい」とシャットアウトしたくなる心理は現代社会でも共感できます。

 

 おそらく「立派なことを丁寧におっしゃられているかもしれませんが、ちょっと何言ってるか分からないです」と遠回しに伝えるアンサーソングとして、【長すぎる謎めいたフレーズ】の「きんらい節」が誕生したのではないか?と妄想します。

 

 

 大変長々と失礼いたしましたm(_ _)m

 

参考文献

 流行歌選 : 新版絵入 第1号 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 日本芸能・演劇 総合上演年表データベース - 検索結果1

 新聞集成明治編年史 第八卷 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 明治宰相列伝 : 松方正義 | 国立公文書館

 名人名演落語全集 第4巻 (明治篇 4) - 国立国会図書館デジタルコレクション

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