流行歌に記録された桜島の大正大噴火
「新まっくろけ節」は大正3年頃(1914年頃)に流行しました。
主題が「何かが真っ黒けになる事」という珍しい歌詞です。
JASRACでは添田唖蝉坊さん、後藤紫雲さんが作詞・作曲された事になっていますが、100年以上前の作品で、すでに著作権は消滅しています。
「新まっくろけ節」は『唖蝉坊新流行歌集 - 国立国会図書館デジタルコレクション』(大正5年出版)に掲載されており、現代に歌い継がれている有名な歌詞は下記になります。
♪箱根山。昔ゃ背で越す籠で越す。
♪今じゃ夢の間汽車で越す。
♪煙でトンネルは マックロケノケ。
♪桜島。薩摩の国の桜島。
♪煙を吐いて火を噴いて破裂(おこりだ)し。
♪十里四方が マックロケノケ。
♪あんまさん。杖を便りの流し笛。
♪犬に躓(けつま)づいて吠えられて。
♪むき出す目の玉 マッシロケノケ。
※当然最後の歌詞は、すでに昭和の時点で"差別的な表現"と問題視されています。大正時代には【真っ黒ではなく真っ白で終わる歌詞も存在していた事】がうかがえます。
注)和田弘とマヒナスターズ - トピックの動画
歌詞に登場する桜島は「新まっくろけ節」の大正3年(1914年)1月12日に大噴火しました。
桜島大正大噴火の自然の脅威は人間の想像を超えており、後世に【溶岩等で桜島と大隅半島が陸続きになった大噴火】として語り継がれています(『「桜島大正噴火から110年」特設ページ』)。
(明治時代でも「鉄道唱歌」(1900年発表)で濃尾地震を連想させる歌詞が登場しており、天変地異等が流行歌の歌詞に刻まれる事は珍しい事ではないと思います。令和のコロナ禍もMY FIRST STORYさんの「I'm a mess」(2023年)に刻まれています。)
また1914年は第一次世界大戦がはじまった年でもあり、添田唖蝉坊さんは自身の著作『流行歌明治大正史 - 国立国会図書館デジタルコレクション』で「世の中真っ暗闇の中のなか流行した」というニュアンスでまとめておられます。
「これから先どうなるのだろう?」という当時の人々が感じていた不安感や恐怖心を薄めてくれるような軽い歌、大変な事を「まっくろけのけ」で軽く受け流す「新まっくろけ節」に人気が集まった理由がなんとなく分かります。
著作権の存在を感じる「新まっくろけ節」表記
現代では「今さら大正時代の流行歌に"新"も"旧"もないだろう・・・」の話ですが、著作権が整備されていた時代ですので、当時は重要な事だったと思います。
「新まっくろけ節」が流行した1914年は日本初のレコード流行歌のヒット曲、松井須磨子さんの「カチューシャの唄」が発売された年でもあります。
法律上やむを得ず、明治時代に存在していた「まっくろけ節」の歌詞を作り直し、メロディを定めた「新まっくろけ節」である必要があったと思われます。
(・・・和田弘とマヒナスターズさんが1964年に発掘した「お座敷小唄」も『当世流行歌 - 国立国会図書館デジタルコレクション』(1909年発行)に掲載されている歌詞にルーツを感じますが、大正時代は「作者不明の既存の流行歌でも、アレンジして届出すれば自身の著作物になる?」だったようです。)
【自身の著書で「新まっくろけ節」と表記している事】から「まっくろけ節」は添田唖蝉坊さん、後藤紫雲さんが原作者ではないと察する事ができます。
実際「まっくろけ節」は明治時代に小さな規模で流行していたようです。
私が見つけれた最も古い記録は1914年から7年前、1907年に発行された『競馬世界 (2) - 国立国会図書館デジタルコレクション』です。
おしほ、才吉の両婆さんと共に競馬狂の三幅對の一人吉田川の小梅なり、此頃歌って曰く 「競馬会、ますます繁盛でおめでたい、お客は夢中で札を買い、皆々乗りやくは、まっくろけのけ」 「競馬ゆき、皆さんあわてて汽車に乗り、下りれば直ぐに差し向きで、帰りのお顔が、まっくろけのけ」 「芸者たち、切符をいただき喜んで、朝寝が早起、ねぼけづら、大穴とれずに、まっくろけのけ」『競馬世界 (2)』
意外な書籍に「まっくろけ節」と思われる替え歌が記載されていて驚きました・・・。
そして最初の方で記載した『唖蝉坊新流行歌集』に掲載されていない有名な歌詞(下記)が、すでに世の中に広まっていた元祖「まっくろけ節」の歌詞と思われます。
♪塩原の 炭屋の太助が家出して 馬と別れのそのときにゃ 涙でお顔が まっくろけのけ
♪山崎の 街道とぼとぼ与市兵衛 後から出てくる定九郎 提灯ばっさり まっくろけのけ
あと、
♪七段目、お軽は二階で延べかがみ、下には由良さん文を読む、縁の下にゃ九太夫が、まっくろけのけ
もあります。
書籍によっては、おそらく♪七段目~の歌詞を「歌舞伎役者が演目の合間に歌って人気を集めた」と記述されていますが、その根拠は見つけきれませんでした。
参考資料
『唖蝉坊新流行歌集 - 国立国会図書館デジタルコレクション』添田唖蝉坊 臥竜窟(大正5年)
『「桜島大正噴火から110年」特設ページ』Webページ
『流行歌明治大正史 - 国立国会図書館デジタルコレクション』添田唖蝉坊 春秋社(昭和8年)
『当世流行歌 - 国立国会図書館デジタルコレクション』床松 石塚猪男蔵(明治42年)
『競馬世界 (2) - 国立国会図書館デジタルコレクション』競馬世界社(明治40年)