ヒット曲けんきゅうしつ

流行した音楽を探して、色々考えるブログ

「東京音頭」勝太郎、三島一声(昭和8年発売)

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社会現象となったヒット曲?

 勝太郎(かつたろう)さんと三島一声(みしまいっせい)さんが交互に歌う「東京音頭」は昭和8年(1933年)に発売されました。

 

 勝太郎さんはこの曲がヒットしてから芸者を辞め、小唄勝太郎(こうたかつたろう)と名を変え、流行歌手として活躍されることになります。

 

 当時のレコードは片面の録音時間が短く、A面に「東京音頭(上)」、B面に続きとして「東京音頭(下)」が収録されています。 

 

 


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注)YouTube に使用を許可しているライセンス所持者 JVCKENWOOD Victor Entertainment Corp.; Muserk Rights Management, LatinAutorPerf, LatinAutor、その他 1 件の楽曲著作権管理団体

 

 

 戦前のヒット曲ですが、現在を生きる方々も一度は耳にした事があるのではないかと思います。 

 

 私は東京ヤクルトスワローズさんの応援歌というイメージがあります。

 

 確か点を取ったとき、メガホン代わりに広げたビニール傘で喜びを表現する際に流れていたと思います。(球団創設は戦後なので、なぜ「東京音頭」が採用されているのか?は不明です。)

 

 

 「東京音頭」は、当時全国的に人気を集めた作品のようです。今で言うブームを巻き起こした作品です。

 

 

数々の二番煎じが登場した?

 『売上實数ヨリ見タル流行歌「レコード」ノ變遷』(昭和十三年二月末調査)に掲載されている作品には、ブームの影響で企画されたであろう作品がいくつか見受けられます。

 

 まずは4か月後に発売されたコロムビアさんの「大大阪祭/大阪音頭」です。ビクターさんの「東京音頭」に対抗して、「大阪版の『東京音頭』を作ろう!」という企画で製作されたのだろう、と推測されます。

 

 翌年には「さくら音頭」が様々な会社から発売されますが、さらにビクターさんは「音頭の次は甚句で行こう!」とも考えたようで、「東京甚句」を同じ歌手の歌唱で発売しています。

 

 これらの中で成功したのは、ビクターさんの「さくら音頭」だけのように感じます。

 

 

 おそらく聴き手が求めていたのは、"楽しく盛り上がれる作品"である事で、これがヒットの要因だったのだろうと思われます。

 

 そう考えると、三波春夫さんの「東京五輪音頭」(1964)も、「誰でも楽しめる曲にしよう!」という目的が共通していると感じます。

 

 「東京音頭」が存在したから、音頭を採用されたのかも知れませんね(^^)/♪

 

 

「東京」+「音頭」の意外性

 民謡に「〇〇音頭」というタイトルの作品が存在しますが、それぞれの地域の盆踊りや祭で歌い継がれている日本の伝統的な民族音楽と思います。

 

 「東京音頭」が大人気となった理由は、"最先端の都会"なのに"民謡調"で歌われた作品だったからではないか?と考えています。

 

 昭和元年、2年頃(1926、27)はモダン、モガ・モボ(モダンガール・モダンボーイ)という言葉が流行したようです。現代的な都会での生活、首都・東京への憧れが高まっていた時代と想像できます。

 

 流行歌では二村定一(ふたむらていいち)さんの「洒落男(ゲイ・キャバレロ)」佐藤千夜子(さとうちやこ)さんの「東京行進曲」でモダンに対する人気ぶりが伺えます(それぞれ1929年発売)。

 

 作曲された中山晋平さんも、西洋音楽を基礎にした新民謡の製作に取り組んでおられますが、この作品ではなぜか日本の伝統を尊重しているように感じます。

 

 "東京=モダン"の価値観が存在している時期に、「都会で流行している『東京音頭』とは一体どんな曲だろう?」と、全国的に好奇心が高まったのだと推測しています。

 

 

イントロは「鹿児島小原節」、「丸の内音頭」の替唄

 様々な書籍で書かれていますが、「東京音頭」は「丸の内音頭」の替唄です。

 

 前1932年に「東京と言っても人が集まるのは銀座の方で、日比谷には人が集まらない」という実情から「人を集めるために盆踊り曲を作ろう!」という話になったようです。

 

 この企画から誕生した「丸の内音頭」が人気を集め、「東京の丸の内だけではなく、より広範囲に東京の都市名を取り入れた歌詞にして、東京中で盛り上がれる作品にしよう!」という発想で「東京音頭」が誕生しています。

 

 

 もう一つの興味深い話は、イントロがポリドールさんから発売された新橋喜代三(しんばしきよぞう)さんの「鹿児島小原節」(1934年)と全く同じである事です。

 

 レコードの発売は「東京音頭」の方が早かったため、後に発売された「鹿児島小原節」が「東京音頭」の真似をしたのではないか?と捉えてしまいます。

 

 しかし作曲された中山晋平さんは、「東京音頭」発売前に鹿児島民謡の「おはら節」の存在を知っていたそうです。

 

 そのため、「東京音頭」が「鹿児島小原節」に着想を得てイントロに採用した、という事実があります。

 

 

 マヒナスターズさんが地方巡業で埋もれた作品を見つけるような感覚?

 

 現在で言うサンプリング(例:「Modern Times」)みたいな考え方?

 

 丸々拝借するのはどうなんだろう?と少しモヤモヤしてしまうエピソードです・・・(^^;A。

 

 

曲情報

 発売元:日本ビクター株式会社

 品番:52793

 

 A面

  「東京音頭(上)」(丸の内音頭替唄)

  作詩:西條八十

  作曲:中山晋平

  歌唱:勝太郎、三島一声

  三味線:千代菊、千代

  (管弦楽・鳴物入)

 

 

 B面

  「東京音頭(下)」(丸の内音頭替唄)

  作詩:西條八十

  作曲:中山晋平

  歌唱:勝太郎、三島一声

  三味線:千代菊、千代

  (管弦楽・鳴物入)

 

 

参考資料

 「想い出の戦前・戦中歌謡大全集4」CD

 『季刊 SPレコード誌 Vol.4~5号≪通算35号≫』アナログ・ルネッサンス・クラブ

 『日本の流行歌<歌でつづる大正・昭和>』上山敬三 早川書房

 『なつかしの歌声-昭和流行歌史-』三枝孝栄・編 永来重明・著 日本音楽出版株式会社

 『日本流行歌史(上)1968~1937』社会思想社