流行歌が全盛期の昭和12年前後
楠木繁夫さんの「のばせばのびる」は、昭和12年(1937年)6月に発売されました。
1928年に誕生したレコード音楽は、年々発売されるレコードの数も増え、後世に残るヒット曲の数も増え続けます。
成長が続く業界で、1935年には安定したエンターテイメントとして世の中に受け入れられたのではないか?と感じます。
1937年は下半期に戦争の影響が表面化し始めますが、1935年~1937年の間は、戦前における流行歌の黄金時代だったと感じます。
1960年代にリバイバルブームが発生しますが、元歌はほとんどがこの期間に発売された作品です。
「のばせばのびる」はそんな時期に発売された、製作者側の心の余裕も感じられる作品です。
注)YouTube に使用を許可しているライセンス所持者 TEICHIKU ENTERTAINMENT(テイチクレコード の代理)
古賀政男さんの遊び心
歌詞は6番まであり、"のびるもの"と"のびないもの"が交互に登場します。作者が何を訴えたいのかは不明で、中身の無い内容です。
曲を聴いて気になる事は間奏です。
2番が終わった後の間奏で、美ち奴さんの「あゝそれなのに」、
4番が終わった後の間奏で、ディック・ミネさんと星玲子さんの「二人は若い」
のメロディが用いられています。
どちらも「のばせばのびる」を作曲した古賀政男さんの作品です。2曲ともテイチクさんから発売されているため、権利上の問題は無いと考えられます。
「あゝそれなのに」は前年、「二人は若い」は一昨年に発売されたヒット曲です。
それぞれの作品には共通点が全く無いにも関わらず、間奏に引用する、という発想は面白いです。
テイチクに移籍してからの古賀政男さんの活躍ぶりや、作曲に対する積極的な姿勢がうかがえます。
サラリーマンが主人公?
冒頭に登場する”カツレツ”という単語も、流行歌では聴きなれないため印象的ですが、曲の最後に"なんでものびろ、月給ものびろ"という歌詞もインパクトがあります。
「のばせばのびる」は、ツケの支払い期限がのびない事や、憧れの女性となかなか会えない事を嘆く様子も描かれており、戦後の高度経済成長期に人気を集めた植木等さんの「スーダラ節」の世界観に共通していると感じます…(^^;A。
"月給"は当時、話題になった言葉かも知れません。テイチクさんから「のばせばのびる」が発売された翌月に、キングさんも「若しも月給が上ったら」という曲を発売されています。
どちらも"上がらない月給"として題材にしていますが、サラリーマンの悲哀というか、ネガティブさをあまり感じません。どちらかというと、希望を持って前向きに願っているように感じます(^^)/。
これらの楽曲が製作されていた時点では、3年後の1940年に、東京五輪・札幌冬季五輪、東京万博が開催される予定でしたので、世の中の雰囲気は全国的に明るかったのではないか?と考えてしまいます。
楽曲分析
「バンドプロデューサー5」の分析では、「のばせばのびる」はDm(ニ短調)です。「二人は若い」の間奏部分は、並行調のD(ニ長調)に転調しています。
用いられている音階はヨナ抜き短音階です。冒頭のフレーズで音が外れたように感じる部分があります。
おそらく、"完全なヨナ抜きにしてしまっては面白みが無い"、と古賀政男さんは判断したのだろうと思います。
「二人は若い」の間奏が始まる直前に、突然激しいドラムの演奏が始まり、ジャズらしさが感じられます。転調する部分を上手くつないでいると感じます。
「のばせばのびる」は、単調ではなく所々に変化が加えられている、と感じる作品です。
普通の流行歌に比べると小節が半分になっているため、何度も同じメロディが繰り返されます。
そのため、古賀政男さんは、聴き手に飽きられないように様々な工夫を加えられたのだと推測されます。
曲情報
発売元:テイチクレコード
品番:1680
A面
「のばせばのびる」
作詞:江川真夫
作・編曲:古賀政男
歌唱:楠木繁夫
伴奏:古賀政男サロンオーケストラ
B面
「そんなの嫌ひ」
作詞:江川真夫
作曲:古賀政男
編曲:大久保徳二郎
歌唱:美ち奴
伴奏:古賀政男サロンオーケストラ
参考資料
「想い出の戦前・戦中歌謡大全集8」CD
『日本流行歌史(上)1968~1937』社会思想社
『歌謡曲おもしろこぼれ話』長田暁二 教養文庫
『全音歌謡曲大全集1』全音楽譜出版社
『歌謡曲の構造』小泉文夫
「国立国会図書館デジタルコレクション」Webサイト
「オークフリー」Webサイト
「バンドプロデューサー5」