ヒット曲けんきゅうしつ

なぜヒットする?は証明できないと思います。誤字はちょっとずつ修正します。

「好きさ好きさ好きさ」ザ・カーナビーツ(昭和42年)

f:id:hitchartjapan:20190622092305j:plain

流行時期(いつ流行った?)

 ザ・カーナビーツさんの「好きさ好きさ好きさ」は昭和42年にヒットしました。

 

 『レコードマンスリー』のランキングによると、最もヒットしたのは8月のようです。 

集計日付 順位
昭和42年6月 23位
昭和42年7月 4位
昭和42年8月 2位
昭和42年9月 6位
昭和42年10月 9位

 ※『レコードマンスリー』洋・邦楽ポピュラー部門のランキング推移

 

 


www.youtube.com

注)ザ・カーナビーツ - トピックの動画

 

 

同時期にヒットしていた曲

  昭和42年8月の1位は、ジャッキー吉川とブルー・コメッツさんの「マリアの泉」(ポピュラー部門)、そして美空ひばりさんの「真赤な太陽」です(歌謡曲部門)。

 

 グループサウンズの作品が上位を占めている月で、スパイダースさんは「風が泣いている」、タイガースさんは「シーサイド・バウンド」、ジャガースさんは「君に会いたい」がランクインしています。

 ヴィレッジ・シンガーズさんの「バラ色の雲」も初登場しています。

 

 また、黛ジュンさんの「霧のかなたに」や荒木一郎さんの「いとしのマックス」も上位にランクインしています。

 グループサウンズの音楽が様々な歌手によって表現され、ブームのピークになっていた時期と考えられます。

 

グループサウンズのブームを代表する人気曲

 オリコンの記録が残っている昭和43年以降は、タイガースさんとテンプターズさん、そしてオックスさんの活躍が目立ちます。

 この時期はグループサウンズのブームの後期で、いわゆるルックス重視的な、アイドル性を備えたグループサウンズが支持されていた時期と捉えています。

 

 しかし、昭和42年は最盛期で、グループサウンズ音楽の代名詞と言える『複数人の歌唱で表現されるハーモニー』や『ドラマーが刻むリズムを前面に出す事』といった、従来のソロ歌手の歌唱ではできなかった音楽表現が支持されていた時期です。

 

 この時期にタイガースさんも活躍されていましたが、「シーサイド・バウンド」はアイドル的な要素は全く感じない、グループサウンズの表現力を備えている作品です。

 

 「好きさ好きさ好きさ」を聴いた時も、グループだから表現できる音楽表現の可能性に取り組んだ作品である、という印象を受けます。

 

“おまえのすべて”

 「好きさ好きさ好きさ」を聴いて最も印象に残るのは、アイ高野さんがシャウトする“おまえのすべてを”というフレーズです。

 

 このフレーズがどれだけの人々に印象を与えたかを物語っている作品として、昭和61年のヒット曲、とんねるずさんの「歌謡曲」があります。

 秋元康さんの作詞されています。コメディアンの方が歌唱する作品なので、既存の流行を模倣するパロディとして盛り込まれたのでしょうが、“お前のすべて”、というフレーズが曲中に挟まれています。

 明らかに「好きさ好きさ好きさ」のフレーズを引用していると聴き手は感じます。

 

 何年経っても忘れられないこのフレーズが「好きさ好きさ好きさ」の代名詞と感じます。憧れの女学生を“お前”と呼ぶ事も初めてかも知れませんし、ただ好きだと訴えるのではなくて、0か1かの世界の価値観で“全てが好き”と想う、極端な恋心の激しさを端的な言葉で描いている事が秀逸であると感じます。

 

 そして、それを叫びで表現し、感情の激しさを音でも表現できている事が「好きさ好きさ好きさ」の魅力であると感じます。叫びは歌謡曲の世界では表現されなかった歌唱の技術で、ビートルズさんが登場した以降に頻繁に見られる歌唱での表現です。

 

グループサウンズの魅力

 グループサウンズは、バンドの事だと捉えていますが、なぜかバンドブームという表現はされません。

 J-POPという言葉が生まれた昭和後期から平成初期ではバンドブームと定義されますが、グループサウンズは当時の呼称が残ったままです。

 

 それはバンドというアーティストのメンバー構成よりも、バンドだから表現できるを音の世界を尊重していたレコード会社の取り組み方があったからかも知れません。

 『バンドが作詞作曲した作品であるか?』という、作品のアーティスト性が重視されていなかった事が後年のバンドブームと異なります。

 

 男性グループしかヒット曲が無い時代でしたが、ソロの女性歌手もグループサウンズ風の作品がヒットしていました。一人GSという言葉をどこかで見た記憶がありますが、1人のボーカルで呼応するような、一人デュエットの歌唱に加工した作品もありますし、男性コーラスをバックにした作品もあります。

 

 聴き手には、楽曲がソロでもバンドでも、人数の問題ではなく、作品の内容が尊重されていた時代だったと感じます。

 

 バンドプロデューサーの分析では「好きさ好きさ好きさ」は、Aマイナー(イ短調)です。ゾンビーズさんの洋楽曲の日本語カバー作品です。

 訳詞は、昭和30年代初期に流行したカヴァー・ポップスで活躍されていた漣健児さんで、久しぶりのヒット曲でもあります。

 タイトルの「好きさ好きさ好きさ」は、何度も“好き”と繰り返すことで、感情の激しさを表現するタイトルと感じますが、「キサスキサスキサス」(昭和34年)のパロディであるとも感じます。

 

曲情報

1967年 年間9位(洋楽・邦楽ポピュラー部門)

 

 

レコード

 発売元:日本ビクター株式会社

 品番:FS-1018

 

 *日本のフォーク・ポップス界に遂に登場!カーナビー・ビート・サウンド・エージのアイドル!!

 

 A面

  「好きさ好きさ好きさ」

  原題:I LOVE YOU

  訳詞:漣 健児

  作曲:クリス・ホワイト

 

 B面

  「口笛天国」

  原題:I WAS KAISER BILL'S BATMAN

  訳詞:漣 健児

  作曲:Green Away-Cooke

  演奏時間:2分33秒

 

参考資料

 「好きさ好きさ好きさ」レコードジャケット

 『レコードマンスリー』日本レコード振興

 「バンドプロデューサー」