ヒット曲けんきゅうしつ

流行した音楽を探して、色々考えるブログ

戦後初のミリオンセラー?「王将」村田英雄(昭和37年)

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 昭和43年(1968年)1月4日から始まったオリコンチャート。初のミリオンセラーは「帰って来たヨッパライ」(1968)です。

 

 1960年代はオリコンのヒットチャートが存在しないため、レコードがどれくらいの枚数を売り上げたのかを把握する事はできません。 

 

 しかし、調査範囲が限られながらも、様々な音楽雑誌にヒットチャートが掲載されており、流行した時期や規模を把握する事ができます。

 

 戦後初のミリオンセラーと語られる村田英雄(むらたひでお)さんの「王将」は、昭和36年11月に発売されました(歌詞カードの記載)。

 

 どれくらいの規模で流行したのでしょうか?『ミュージック・マンスリー』の歌謡曲部門の月間ヒットチャートを参考に致します(下表)。

 

日付 順位
昭和37年 1月31日時点  8位
昭和37年 2月28日時点  5位
昭和37年 3月31日時点  5位
昭和37年 4月30日時点  4位
昭和37年 5月31日時点  3位
昭和37年 6月30日時点  1位
昭和37年 7月31日時点  1位
昭和37年 8月31日時点  1位
昭和37年 9月30日時点  1位
昭和37年10月31日時点  1位
昭和37年11月30日時点  2位
昭和37年12月25日時点  2位
昭和38年 1月31日時点  6位
昭和38年 2月28日時点  2位
昭和38年 3月31日時点 15位
昭和38年 4月30日時点 16位

 

 3ヶ月もランクインすれば、誰でも「どこかで耳にした事がある」と感じる規模の流行と考えられますが、「王将」は16ヶ月(1年4ヶ月)もランクインし続けました。

 

 昭和37年6月から10月にかけて、5ヶ月もの間(週に単純換算すると、22週連続)首位であり、「女のみち」(1972)のように大規模な流行をした作品だったと推測されます。

 ミリオンセラーに匹敵する流行をした事は間違いありません。黄色ではなく茶色の別ジャケの盤も発売されています。

 

 「王将」がこれだけ長い間、支持された理由は覚えやすいメロディと歌詞にあると考えます。

 

 歌の主人公は大阪の将棋の棋士、坂田三吉さんです。東京での対局を控え、「勝たないといけない!」という心情が描かれています。

 

 ヒットする歌には、必ず自らの気持ちに重なる部分があります。“共感する気持ち”がなければ支持されません。

 

 「王将」では、誰でも持っている、心に秘めた志が歌われています。この曲の主題と考えられる“自らの進む道に登場するライバルに立ち向かう意気込み”が多くの人の共感を得たと考えます。

 

 「王将」では、必ず勝利しなければいけないというプレッシャーと同時に、自らを支えてくれる妻への感謝も交えて表現されています。

 また、楽曲が3拍子で、村田英雄さんが淡々と歌われていることもあり、曲を聴いた限り、それほどシリアスな印象を受けません。

 

 演歌というと、翌年に登場する北島三郎さんの「なみだ船」(1963)のように、胸に秘めた想いを、歌唱面でこぶしをきかせる等して、強く表現する作品が登場しはじめますが、感情を抑えるようにしている曲調は「王将」の最大の特徴です。

 

 大ヒットを理由としてか、1962年度のレコード大賞では特別賞を受賞しています。当時、胸のうちに闘志を燃やしていた人たちの心に、自然と浸透していったのだと思います。

 

 バンドプロデューサーの分析では、「王将」は、Eメジャー(ホ長調)。ヨナ抜き長音階のメロディは耳に残りやすいです。3拍子のためか歌唱の節回しが少なく、演歌というより歌謡曲の印象を受けます。

 

曲情報

 発売元:コロムビア・レコード

 型番:SA-735

 A面「王将」

   演奏時間:3分13秒

 B面「小春月夜」

   演奏時間:3分43秒

 

 三味線 豊寿・豊静

 コロムビア・オーケストラ

 

 

 

参考資料

 「王将」レコードジャケット

 『ミュージック・マンスリー』月刊ミュジック社

 『全音歌謡曲全集12』全音楽譜出版社

 『歌謡曲の構造』小泉文夫 平凡社ライブラリー

 「バンドプロデューサー5」