ヒット曲けんきゅうしつ

流行した音楽を探して、色々考えるブログ

邦楽のヒット曲

「逢いたくて逢いたくて」園まり(昭和41年)

流行時期(いつ流行った?) 園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」は、昭和41年(1966年)にヒットしました。 前年の紅白歌合戦でこの作品を歌唱されていますので、もしかしたら、紅白をきっかけにヒットをしたのかも知れません。 『ミュージックマン…

「花はおそかった」美樹克彦(昭和42年)

流行時期(いつ流行った?) 美樹克彦さんの「花はおそかった」は、昭和42年にヒットしました。『レコードマンスリー』の月間ランキングによると、4、5月に最もヒットしていたようです。 集計日付 順位 昭和42年3月 23位 昭和42年4月 5位 昭和42年5月 5…

「浪曲子守唄」一節太郎(昭和41年)

流行時期(いつ流行った?) 一節太郎(ひとふし たろう)さんの「浪曲子守唄」は、レコードの発売から、曲がヒットするまでにとても時間がかかった作品の1つです。 昭和38年(1963年)12月に発売されましたが、ヒットチャートに登場したのは、昭和…

「いとしのマックス(マックス・ア・ゴーゴー)」荒木一郎(昭和42年)

流行時期(いつ流行った?) 荒木一郎さんの「いとしのマックス(マックス・ア・ゴーゴー)」は、昭和42年(1967年)にヒットしました。 『レコードマンスリー』の“全国のレコード店がえらんだ今月のベスト・セラーズ”のヒットチャートによると、昭和…

「骨まで愛して」城卓矢(昭和41年)

流行時期(いつ流行った?) 城卓矢(じょう たくや)さんの歌う「骨まで愛して」は、昭和41年(1966年)にヒットしました。 『ミュージックマンスリー』の“全国のレコード店がえらんだ今月のベスト・セラーズ”のヒットチャートでは、昭和41年の4、…

「勇気あるもの」吉永小百合とトニーズ(昭和42年)

流行時期(いつ流行った?) 吉永小百合さんとトニーズさんが歌う「勇気あるもの」は、昭和41年(1966年)10月に発売されました。年末の紅白歌合戦でこの作品を歌唱されています。 『レコードマンスリー』の“全国のレコード店のえらんだ今月のベスト…

「銀座ブルース」和田弘とマヒナスターズ、松平直樹、松尾和子(昭和41年)

昭和の流行歌に登場する“ご当地ソング”。実在の街の文化を象徴する単語がちりばめられた作品ですが、このジャンルには暗黙の価値観があります。 それは“都会と地方都市”の関係です。都会と言えばもちろん首都である東京です。歌謡曲に登場する街で人気なのは…

「恋人と呼んでみたい」永井秀和(昭和42年)

オリコンの記録を参照すると、永井秀和さんの「恋人と呼んでみたい」が発売されたのは昭和42年10月5日です。 しかし、ミュージックマンスリーのランキングでは昭和42年9月、10月にヒットしていました。 集計日付 順位 昭和42年9月25日 20位 昭和42…

「ポカンポカン」梓みちよ(昭和41年)

昭和41年のヒット曲には、あるキーワードがあります。それは、“ふたり”です。 この年を代表するヒット曲、「君といつまでも」がそうさせたのか、元々この年には、みんなが幸せを実感する世の中の雰囲気があったのかは分かりませんが、同年にヒットした梓み…

「恋のメキシカン・ロック」橋幸夫(昭和42年)

ヒットチャートの無い時代の作品は、後世で語り継がれる間に、「きっと、当時すごく流行った曲なんだろう。」と感じる作品があります。 しかし、実際に当時の記録を見返すと、「アレ?そんなに流行ってたのかな?」と感じる作品も存在します。 今回取り上げ…

「オバケのQ太郎」石川進(昭和41年)

テレビアニメが流行歌に登場し始めたのは、昭和30年代後期です。当時は、“アニメ”という呼称は存在せず、漫画の映像化であり、テレビ映像も白黒だったためか"テレビまんが”と表現されていました。 初のテレビアニメのヒット曲は「エイトマン」(昭和38年…

「替え唄メドレー」嘉門達夫(平成3年)

平成3年にヒットした「替え唄メドレー」は異色の作品です。当時の人たちなら知っているであろう流行歌のメロディを引用し、必ずオチのある替え歌に歌詞を変えた作品です。曲が次々変わるので、音楽性は全くなく、笑いのための作品です。 流行する音楽に求め…

「夢想花」円広志(昭和54年)

「夢想花」(むそうばな)は、昭和53年11月に発売されました。円広志(まどかひろし)さんのデビュー曲です。 翌年の1月から2月に、ベストテン入りするヒット曲となりました。 「夢想花」というタイトルではなく、曲中に何度も繰り返される“とんで”や“…

「19:00の街」野口五郎(昭和58年)

昭和58年のヒット曲「19:00の街」は野口五郎さんの作品です。19時の街(じゅうくじのまち)と読みます。 1月に発売されたレコードは、ベストテン入りはしておりませんが、2月末から4月末にかけてヒットしました。 テレビドラマ『誰かが私を愛してる』の…

「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」荻野目洋子(昭和61年)

昭和60年前後に、“洋楽作品を日本語でカバーする流行”がありました。 こう表現すると、昭和30年代と同じ現象なので、「流行って周期的に繰り返すのかな?」と考えたりもします。 しかし実態は異なるように感じます。昭和60年代に日本語カバーされた作…

「さのさ」江利チエミ(昭和34年)

江利チエミさんの「さのさ」は昭和33年に発売されました。「さのさ」はもともと、江戸時代中期に流行した端唄のひとつのようです。 このヒット曲は、なぜか昭和歌謡の歌詞本に掲載される事がほとんど無く、ジャズ歌手の江利チエミさんが、なぜ日本の音楽を…

「島育ち」田端義夫(昭和38年)

歌謡曲では、地理的に日本の果ての街にいる人物が描かれる事があります。 知り合いのいない最果ての地に赴き、そこで打ち明けられる心情は悲しみが多いため、つい北国が思い浮かびますが、太平洋側の南国の作品も多いです。 昭和37年11月に発売され、翌…

「恋のぼんちシート」ザ・ぼんち(昭和56年)

昭和50年代は、テレビから発信される娯楽が大いに流行した時代です。レコード業界では、“アイドル”という定義で、若者向けのジャンルを確立しましたが、テレビや雑誌等、他のメディアでも、発信する対象を若者に方向転換した時代だったのかも知れません。 …

「帰らざる日のために」いずみたくシンガーズ(昭和49年)

"青春"をテーマにするヒット曲はたくさんあります。昭和49年にヒットした「帰らざる日のために」もそのうちの1つです。 歌っているのは、いずみたくシンガーズさんです。昭和49年4月に発売され、6月末から9月初めにかけてヒットしました。 レコード…

「盆帰り」中村雅俊(昭和51年)

「盆帰り」は昭和51年5月に発売され、翌月の6月から8月にかけてヒットしました。 流行のピークは7月上旬ですが、それ以降も長期間にわたって上位にランクインした息の長い作品です。ちょうど歌の主題になっている季節にもランクインし続けていました。…

「硝子坂」高田みづえ(昭和52年)

「硝子坂」は昭和52年にヒットしました。1970年代後半、テレビのオーディション番組『君こそスターだ!』をきっかけに歌手となられた高田みづえさんのデビュー曲です。テイチクレコードのレーベル、ユニオンレコードから発売されました。 レコードは1977年3…

「さらばハイセイコー」増沢末夫(昭和50年)

競馬界で人気を得た競走馬が、その世界を超えて、競馬をしない人たちにも幅広くその名が知れ渡る事があります。流行歌の世界では縁が薄い分野ですが、当時、アイドル的な存在だった競走馬をテーマにした「さらばハイセイコー」がヒットしました。 歌われてい…

「バス・ストップ」平浩二(昭和47年)

「バス・ストップ」はテイチクレコードさんから発売された歌謡曲です。 ビクターさんやコロムビアさんと、戦前から営業されているレコード会社では、曲のジャンルをタイトルの上やレコードに記載する風習がありましたが、テイチクさんもこの作品を歌謡曲とし…

「同棲時代」大信田礼子[ナレーター:阿井喬子](昭和48年)

音楽が若者の娯楽となった昭和40年代。若者に支持された作品には、大学生の主人公が登場していました。 昭和41年に、若者の音楽として誕生したフォーク・ソングが、大学生によって支えられていたからかもしれません。しかし、「同棲時代」がヒットした昭…

オリコンチャート第1回の1位曲「ラブユー東京」黒沢明とロス・プリモス(昭和42年)

オリコンチャートの第1回のランキングで首位となったのは、「ラブユー東京」でした。昭和43年1月4日付の週間ランキングで、その後、3週連続で1位となりました。 1967年の試験チャートでも数週間1位を記録しているみたいで、どちらかと言うと流行したのは、…

戦後初のミリオンセラー?「王将」村田英雄(昭和37年)

昭和43年(1968年)1月4日から始まったオリコンチャート。初のミリオンセラーは「帰って来たヨッパライ」(1968)です。 1960年代はオリコンのヒットチャートが存在しないため、レコードがどれくらいの枚数を売り上げたのかを把握する事はできません。 しか…